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2010.03.27【3月27日放送分】
2011.03.20【3月20日放送分】
2011.03.13【3月13日放送分】
2011.03.06【3月6日放送分】
2011.02.27【2月27日放送分】
2011.02.20【2月20日放送分】
2011.02.13【2月13日放送分】
2011.02.06【2月6日放送分】
2011.01.30【1月30日放送分】
2011.01.23【1月23日放送分】
2011.01.16【1月16日放送分】
2011.01.09【1月9日放送分】
2011.01.02【1月2日放送分】
2010.12.26【12月26日放送分】
2010.12.19【12月19日放送分】
2010.12.12【12月12日放送分】
2010.12.05【12月5日放送分】
2010.11.28【11月28日放送分】
2010.11.21【11月21日放送分】
2010.11.14【11月14日放送分】
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【3月27日放送分】 2010.03.27
最終回となりました。

東日本の大地震と大津波、さらに福島原子力発電所の放射能漏れが悲惨だ。
地震と津波は天災、そして放射能は事故である。これと番組の最後が重なった。
「ゆ〜ゆ〜ラジオ」は、日曜日の朝に楽しい音楽番組として、あなたのハガキ、メール、
ひとつの考え、感想への別のリスナーからの反応。それを週に1回、つなぎつなげて楽しかった。
「始まったものは、いつか終る」と3月のアタマで言ったけれど、ずっとフリーランサーで音楽と
あなただけを頼りにやって来ると、50年やってきた中で「そう思わないと終るときに辛すぎるから
サバサバとしましょう」とすることに決めた。68歳になった今も「しょうがない」と思っている。
メールやハガキには「あなたの身体の事情ではないんですよね」そして
「日曜日、楽しい時間をありがとう」と先に言われてしまった。ほんまに、
「こちらこそ、ありがとうございます」としか言えない。

甲子園の高校野球、行ってきました。乗ったタクシーの運転手さんに
「川村さん、もうあんまり無理したらアカンで。ええ歳やねんから…」と言われて、甥っ子の
結婚式で久しぶりに東京で会った兄貴に「おまえ、背が低くなったな」と言われて、
たしかに3センチ位縮んでいるから「兄貴も低くなったね」と言い返して。
土曜日の真夜中に大阪に帰って来て、そのまま「ゆ〜ゆ〜」の最終回。正直、ヘロヘロ。
ほんまにエエ歳になった。これからは、ほんまに「ゆ〜ゆ〜」とやっていきます。
 僕の話はこれぐらいにして、最後の選曲は「川村さんの好きな歌にしなさい」と
リスナーさんから諭されて、以前「おはよう」を終る最後の朝に選曲した
「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」を再び聴く。
今回は「ジェリーとペースメーカーズ」で。

過ぐる阪神・淡路大震災の時、阪神タイガースの南牟礼豊蔵氏は神戸の瓦礫を奈良まで
トラックで運び続け、自分のキャンプに間に合わず、その年1軍出場なし。結局引退した。
東北高校野球部は甲子園出場の寸前まで甚大な被害の故郷で給水ボランティアを
続けていた。南牟礼さんはプロ、東北球児はアマ、それぞれが「やるべきことはコレ」
と決めて、そのとおりにした。
 東北高校は7対0で完封負けした。ええやないか!全力プレイだった。
僕は目の前でしっかり見た。高校生と中学生ともっと小さいこどもたち、みんな未来がある。
東日本は必ず復活する。未来あるこどもがいるから。

元に戻す「復旧」ではなく、新しい状況での「復新」。かつての阪神・淡路のときにも
僕はそう言った。刻一刻、まわりは変わってゆくけれど、しっかりしましょう。ね、お互い。
「川村龍一のゆ〜ゆ〜ラジオ」、聴いていただいてありがとうございました。
また、どこかで。

�@「Mr. Tambourine Man」The Byrds
�A「Sixteen Reasons」Connie Stevens
�B「You'll Never Walk Alone」Gerry & The Pacemakers

【3月20日放送分】 2011.03.20
「春よ来い」「四月の恋」ともにリクエストをいただいた。「メニィ・リバース・トゥ・クロス」は番組からの1曲。
地震と津波の甚大な災害と復活への努力、さらに福島での原子力発電所の、放射線流出への不安。
日本列島、東日本のダメージは長期戦になる。それぞれの現場でプロが懸命の防戦であり、
復興に向けての活動をしている。それが成功することを手を合わせて祈るしかない。
 比較的、直接の被害のなかった西日本はずっと元気でいよう。音楽聴いて元気になろう。
日本が全滅したわけではない。長期戦になるのなら、今、全力疾走しないほうがいい。
災害の現場は、全力疾走するのが大切になることが多い。西日本はマラソンだ。
ゆっくりと、しかし確実に進めてゆこう。音楽も笑顔も、おいしいコーヒーも必要だ。
 大きな絶望の中の、小さな希望をつないで、つなげてゆこう。
「ゆ〜ゆ〜」は、来週で終るのが残念でならない。

�@「春よ来い」ひばり児童合唱団
�A「四月の恋」パット・ブーン
�B「Many Rivers To Cross」ジミー・クリフ

【3月13日放送分】 2011.03.13
大震災と大津波の2日半あとの「ゆ〜ゆ〜」は、事態が動き続けている最中で人命が多く失われ、町が壊滅し、
家族や友人とバラバラに分断され、ひとりきりで心細くなっている、その最中の被災者の方を思うオン・エアです。
時間が経過するごとに想像を上回る被害が明らかになってきます。その中でめげないこと、肩を落とすことになるけれど、
また前を向くことにしようと、気持ちを強くすることしかないと思います。どんなに叩きつぶされようと、また立ち上がること、
ひとりでは出来ないときは家族・友達と一緒に考え、動くこと。交通、電気、水、食事、電話、さまざまなインフラは
現場のプロが懸命に復活のために動いている事実を信頼して待っていること。つまらないデマには乗らないこと。
黙々と、今、出来ることを「誰かのお役に立つように」すること。
すさまじい天災の後だからこそ丁寧に生きること。
ラジオの役目は今、より一層、あなたと共に大切だと思う。
「ゆ〜ゆ〜」は、あと2週です。

【3月6日放送分】 2011.03.06
3月になりました。ジャヌアリ・フェブラリィに続いて、3月はマーチです。で、1曲目は「双頭の鷲の旗の下に」。
久しぶりに聴いていたら過ぐる昔、小学校の学芸会でハーモニカ合奏をしたのがこの歌だと思い出した。
僕の役目は確か指揮者だったと思う。まるまる60年間忘れていたことを思い出させてくれる事になった。
ハイ・ファイ・セットの「卒業写真」はユーミンの独身時代の作品。
「人ごみに流されて、私が変わってゆくようだったら、あなたは遠くから見ていて��叱ってね�=vというところがミソ。
「ずっと見守ってください」から一歩進んで、「叱ってね」まで踏み込んだ、淡い青春の恋の歌というわけだ。

「ゆ〜ゆ〜ラジオ」は今月いっぱいで終ることとなった。
ラスト3週、いっぱいリクエストください。

�@「双頭の鷲の旗の下に」陸上自衛地隊 中央音楽隊
�A「黒い瞳のナタリー」フリオ・イグレシアス
�B「卒業写真」ハイ・ファイ・セット
�C「君が好きだよ」佐々木新一

【2月27日放送分】 2011.02.27
ジョージ・シアリングが亡くなった。91歳、ロンドン出身。1947年アメリカに渡って以来ずっとアメリカ。
ニューヨークのライブ・クラブ「バードランド」を拠点に演奏、1952年「バードランドの子守歌」を作曲。
「九月の雨」もいい曲だ。クール・ジャズの巨匠、なんせ繊細で優美である。
 リクエストをいただいて、サラ・ボーンのボーカルで「バードランドの子守歌」を。軽くて情のある一曲。
サラ・ボーンの歌いっぷりがいい。僕も死んでしまった後、天国に行ったら彼のコンサートに行く。
自分の人生を彩ってくれた人達が次々に亡くなってしまうのは悲しいけれど、先に行ってるから
後から来いよなと言われていると思えば、少し気が楽だ。
音楽は一生のもんや、と思うけれどその後、二生も三生もあればいいねと、この頃つくづく思う。

�@「Lean On Me」ビル・ウィザーズ
�A「バードランドの子守歌」サラ・ボーン
�B「リスト パガニーニによる大練習曲から第3番嬰ト短調」アンドレ・ワッツ

【2月20日放送分】 2011.02.20
過ぐるバレンタイン・デーに「妹から1個もろただけやった。ま、そんなもんか」とリスナーからの葉書き。
この頃は女子同士の「友チョコ」が流行りで、とかいろいろあって今年のバレンタイン・デー騒ぎも終り。
 そんな中でおもろい映像を見つけた。
ヒーローは日本ハムの投手、斉藤佑樹。彼のところにはトラックいっぱいに届くやろうと報道のカメラが集まって、
いよいよ当日発表の瞬間、大きなプレート・チョコが運び込まれて佑ちゃん、「わぁ」と驚いて笑顔のアップ、何をしても男前です。
この後、僕は傑作シーンを目にしました。佑ちゃんは早実高校から早大の100代目キャプテンで優勝。
ワセダひと筋の男です。大きな野球のボールを埋め込んだチョコ・プレートからずっとカメラを引いて全体がうつると、
一番下にデッカク、プレゼントしたメーカーの名前がありました。
「MEIJI」。明治大学の意地を見ました。

�@「寒い朝」吉永小百合、和田弘とマヒナスターズ
�A「Jazzy Bullets」ラリー・カールトン&松本孝弘
�B「ほおづえをつく女」風
�C「愛のさざなみ」島倉千代子

【2月13日放送分】 2011.02.13
井上陽水「結詞(むすびことば)」へのリクエスト。女性から。
「最近、涙もろくなってしまって…」という先週の放送に「それは、あなたの情があふれてきてることだから、
若い頃よりずっと、年を経れば人は涙もろくなると思う」と話したら、「ほっとしました」と返事。
その彼女から陽水のリクエスト。「この歌は��じっと静かにしていたい�≠燻vうし、逆に��外に出かけよう�≠ニも思う。
 そのときの気持ちで、どうにでも転ぶややこしい歌です。」とあった。
揺れる気持ちにさせてしまう歌って、名曲なのだろうか?聴いてみたくなるいいリクエスト・メールだとは思う。
 さあ、聴いてみてください。そして、その感覚をまたメールしてきてください。
音楽を聴いていろいろ思うことは、まだまだ未開発なところがあると感じる。
ラジオを通じてゆっくりと進めていきましょう。

�@「時の過ぎゆくままに」沢田研二
�A「大阪の街」ブギー・マン
�B「恋の讃歌」エルヴィス・プレスリー
�C「結詞」井上陽水

【2月6日放送分】 2011.02.06
リクエストをくださった、ラジオ・ネーム「わんこと散歩」さんが、肝心のリクエスト曲を書き忘れてメールしてきた。
その方に「来週はきちんと書いてきてくださいね」と頼んでおいて、「さあ、他のリスナーの皆さん、
その人が��レット・イット・ビー�≠謔閧燉ワするというその曲はなんでしょうか」と話したら10通ほどのメール・お便りが来た。
それぞれが、「この歌とちゃいますか?」とまったくの想像で書いてきてくれた。
しんどい時に、この歌を聴くといつも泣けてしまう歌は、みんなそれぞれ持っている。
我が身にてらして、という歌を持っているんだ、みんな。
あれこれ歌の名前が出て、当の本人から追っかけのメールが届く。
美空ひばりの「川の流れのように」が、この度の正解だった。
他の方からのメールで「私の人生も、川の河口に近づいてきたと実感する」とあった。
年配者。ひとつの歌も、昔と今とでは聴こえようが違ってくる。

�@「早春賦」ペギー葉山
�A「ゴールドフィンガー」シャーリー・バッシー
�B「What Game Shall We Play Today」チック・コリア
�C「川の流れのように」美空ひばり

【1月30日放送分】 2011.01.30
寒い日が続きます。火の元とインフルエンザの喉元に気をつけましょう。
寒いけど外に出て、歩く時には「陽の当たる表通りで」を歩きましょう。
おてんと様の力はほんまに偉大で、陽に照らされるとハッピーになります。
「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」ウィリー・ネルソンの声で聴きました。
 ラジオは目に見えないものを大切にします。言葉はとても大切なものだけど、目に見えるものではありません。
年齢を経てくると、経験も増してきます。で、その経験もまた目に見えるものではありません。
人の幸せとは他人さまとの関係から生まれ、育ってゆき、ある時は滅びもするのです。
 ラジオは、「ゆ〜ゆ〜ラジオ」は、ゆっくり丁寧に進めてゆきましょう。
最後の歌「君のおもかげ」は、僕の好きなクリフ・リチャードの歌です。

�@「On The Sunny Side Of The Street」ウィリー・ネルソン
�A「ケンとメリー〜愛と風のように」BUZZ
�B「始まりの詩、あなたへ」渡辺美里
�C「君のおもかげ」クリフ・リチャード

【1月23日放送分】 2011.01.23
マイケル・ジャクスン「スムース・クリミナル」。1988年、今から23年前のアルバム「BAD」からの1曲。
プロデューサーはクインシー・ジョーンズ。ファンク1発!なんと素晴らしいスピード、切れ味やろうか。
マイケルもすごいけど、プロデューサーもすごい。
 2曲目「JOJO」ボズ・スキャッグス。こちらプロデューサーはデビッド・フォスター。この人もすごい。
その歌手、取り巻く状況のすべて、歌手を生かしてヒット曲を作ること全部わかっていないと何も出来ない。
 阪神淡路大震災から16年、1995年の冬から春への音楽が自分の音楽史から抜け落ちてしまっているとメールが来た。
なるほど、確かに被災者としては肉体的にも精神的にも��音楽どころじゃない�≠ニいう状況だった。
でも僕はそんな中で音楽をしていた。こんな時だからこそ、である。
パン屋さんがパンを、コーヒー屋さんがコーヒーを作って売っていたように、音楽屋は音楽をし始めていた。
この話は、またしよう。

�@「スムース・クリミナル」マイケル・ジャクソン
�A「JOJO」ボズ・スキャッグス
�B「オールウェイズ」ボン・ジョヴィ
�C「シングル・ベッド」シャ乱Q

【1月16日放送分】 2011.01.16
あす1月17日、阪神・淡路大震災から丸16年が経ちます。
いろんな思いがあって、「まだ引きずっています」というハガキをいただきました。
親しい身内が亡くなったり、あるいは心の中に傷を負ったりすれば、こちらも引きずります。
あれから何年経ったから、もう傷は癒えたでしょうと他人が言えることではありません。
全快はしないと思う。でも私は今も生きているのだから16年前の1月17日と共に生きてゆかねばなりません。
「ゆ〜ゆ〜ラジオ」を聴いてお葉書を書いてくださっている、そこからまた立て直しです。
以前より強くなってくると思います。音楽をたくさん聴きましょう。
 クリフ・リチャード「ラッキー・リップス」は、「私には幸せの唇があるから一生大丈夫」
と歌います。それを聴いた私は「ラッキー・イアー」「ラッキー・ハート」で受けとりましょう。
生きていれば、いいこともあります。

�@「ラッキー・リップス」クリフ・リチャード
�A「十人十色」大江千里
�B「リラの花咲く頃」岡本敦郎
�C「銀色の道」ダーク・ダックス

【1月9日放送分】 2011.01.09
山下敬二郎さんが亡くなった。
1958年、ロカビリー3人男として平尾昌晃、ミッキー・カーティスとともに一世を風靡した人である。
ロックン・ロールはわかるけどロカビリーって何やねん?というとき、ロックとヒルビリーの融合なんて当たり前の説明より
「ロックを半分、ビラスこと」という「何のこっちゃまるで判らん」という説明が、僕は好き。ずっとそういうことにしてきた。
プレスリー以降、堰を切った如く溢れ出てきたロックに全員溺れてしまった当時の状況を思い出す。
僕も一気に溺れた。そのアップアップの中からビートルズが生まれ、日本のDJ、川村龍一も生まれた。
何が何だかわからないうちに半世紀以上が経つ。
「ロカビリーとは6か2分の1、ハートと身体をびらすこと」という解釈でええと思う。
 山下敬二郎さんが日本語で歌う「ダイアナ」を聴いた。山敬さんの御冥福を祈る。

�@「ダイアナ」山下敬二郎
�A「夢のカリフォルニア」ママス&パパス
�B「夢のカリフォルニア」黄金井脩
�C「愛の夢 第3番 変イ長調」フジコ・ヘミング

【1月2日放送分】 2011.01.02
あけましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。今年もまた楽しく進めてゆきましょう。
一曲目は考えました。そしたらいいリクエストが来ました。景気よくファンファーレでいきましょうと、ビートルズ、
1967年の「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」。当時在英のミュージシャンが集まってレコーディングした歌。
いい選曲で新年1曲目としては正解。
 スタイリスティックスのリクエストは昨年末に娘とライブに行った母からのリクエスト。
まだ幅広く音楽を聴いていない我が娘に、なんとか「聴いたことのない音楽を身体中に浴びてほしい」と
食事やお酒を動員して、行ったことのないライブ・ハウスに連れていってくれたお母さんからのリクエスト。
娘さんは幸せだと思う。23歳の娘さんは将来結婚してこどもを産んだら、その赤ちゃんにもいい音楽を聴かせてあげてほしい。
音楽文化はこういうことで守られ、作られ、発展してゆく。

�@「愛こそすべて」ビートルズ
�A「誓い」スタイリスティックス
�B「ダニエル」エルトン・ジョン
�C「冬の星座」由紀さおり・安田祥子

【12月26日放送分】 2010.12.26
2010年、最後のオン・エアです。スーパーフライ「アイズ・オン・ミー」のリクエスト。
堂々としたラブ・バラッドです。この次の歌がちょいと難しくなるぞというぐらい完成度の高いものです。
次はぜひガラリと変わった曲を聴かせてください。曲調もイメージも違うのがええんやけどなと思います。
楽しみにするに価する人だと思うのでぜひ。
 チキンガーリックステーキは結成20年を迎えました、おめでとう。20年チームを維持発展させるのは男6人組、
とても難しいことやと思うけど、彼らはタフな連中なのだと実感する。彼らの歌う「サンタへの手紙」は、いい歌だ。
みんなこう感じて、生きて、大切な人の死に直面して、歌って、聞いて、涙して、なおかつ人は生き続けていく。

この1年、いいリクエストとメール、お葉書きをありがとう。
どうぞ皆さん、良いお年を。

�@「Eyes On Me」Superfly
�A「サンタへの手紙」チキンガーリックステーキ
�B「Take It To The Limit」イーグルス

【12月19日放送分】 2010.12.19
僕がかつてやらせていただいていた「おはよう川村龍一です」は1983年10月からスタートで19年間続いていた。
62歳のリスナーから「最初のパートナー、森口かすみさんの時からずっと聴いていましたよ」という葉書きをいただいた。
彼女はMBSの新人アナウンサーで、僕とやり始めてから僅か1年で結婚退職された。お相手は大学時代の放送部の同期生で
読売テレビのスポーツ・アナウンサーになった人。ああ懐かしい。森口さん、元気にしてはるかなあ。30年前の話だ。
まったくの他人なのにリスナーさんの胸には残っている。格別何がどうというエピソードがあるわけではないけれど、
久しぶりの僕の声を聴いてフッと昔のことを想い出された。ラジオの文化って30年ひと昔なんやねと思う。
目先のことにも対応するけれど、30年前のこともあるんですわ。
好きな歌、リクエストしてください。

�@「Yes?No?」嵐
�A「ミスティ・ハート」クォーターフラッシュ
�B「うれしくてさみしい日(Your Wedding Day)」竹内まりや

【12月12日放送分】 2010.12.12
最初に好きになったポップスは「ロール・オーバー・ベートーベン」、ビートルズ。
昔、ラジオから聴こえてきた。すぐ買いに走り、シングルにカップリングされていたのが「アイム・ダウン」。
また今朝もラジオから聴きたくなったのでとリクエスト。61歳の男性から。日曜日の朝から「ガッカリした!」
なんて歌を流すのはいかがかと思うけれど、気持ちのいいロックンロールなので、本日の1曲目。
 2曲目は10月に亡くなった毎日放送の大プロデューサー・渡邊一雄さんを偲ぶ会のステージで
落語協会会長の桂三枝さんが歌った「夕陽のアンジェロ」。作ったのが通称「大なべさん」の渡邊一雄さん。
全然ヒットしなかったので、誰も知らない歌。ラジオからは、とんでもない歌が流れてくる。見ず知らずの他人からのリクエストで。
それがラジオのいいところ。あなたも見ず知らずの他人にいい思いをさせてあげてください。
リクエスト待ってます。

�@「アイム・ダウン」ザ・ビートルズ
�A「夕陽のアンジェロ」桂三枝&ダボーズ
�B「素直になれなくて」シカゴ

【12月5日放送分】 2010.12.05
植村花菜の「トイレの神様」をイントロからフルで聴いた。
ヒットしてるとは聞いたけど、その曲がラジオから流れてくるのはいいものだ。
ゆっくり日曜日の朝に泣かせる歌を聴くのはいかがでした?
 リクエストをくださったのは「泣かせる歌は好きじゃない」とおっしゃるレギュラーの方。
それでも彼がリクエストしてきたのは、自分自身のおばあちゃまへの体験と重なってきているものがあるからだ…と。
 さて、フルコーラス聴いてみた。僕には僕なりの感じ方があったけれど、まずはお聴きになったあなたの話を聞きたい。
僕個人の意見はその後にしましょう。現実にいかほどヒットしていて、それはなんでなのかを考えてみましょう。
「トイレの神様」についての、あなたのお考えをお寄せ下さい。

�@「満ち潮」江利チエミ
�A「東京」マイ・ペース
�B「トイレの神様」植村花菜

【11月28日放送分】 2010.11.28
100回を迎えました。ありがとうございます。
ブロンディの「コール・ミー」から始まって、里見浩太朗の「あじさいブルース」、鳥羽一郎の「兄弟船」、
そしてカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」まで4曲。洋楽の大ヒットで日本の歌を2曲サンドイッチ。
日本の歌は先日亡くなられた星野哲郎さん作詞の曲。好き放題の選曲ですが、これみんな、あなたからのリクエスト。
 日曜日の朝早くにいい音楽を聴いて、リクエストをして、ひとさまのいい話を聞いて感じて、考えて。
選曲しないDJというのは僕のDJ歴の中でも初めてのことでしょうか。でも楽しいです。
里見浩太朗さんの歌はリクエストをいただかなければ、まずは聞かない歌。
歌はいっぱい聴きましょう。あふれるほど、ぎょうさん聴きましょう。
リクエストに何の制限もありません。昔の歌も、今の歌も、外国の歌も若い子の歌も、
みんな「ゆ〜ゆ〜の歌」です。

�@「コール・ミー」ブロンディ
�A「あじさいブルース」里見浩太朗
�B「兄弟船」鳥羽一郎
�C「イエスタデイ・ワンス・モア」カーペンターズ

【11月21日放送分】 2010.11.21
昭和34年「黄色いサクランボ」歌うは3人組女性、スリー・キャッツ。
「若い娘は…ウッフーン」。日曜日の朝からこれかえ!昭和30年代に一世風靡した歌。
昔、日本映画初のキス・シーンはガラス越しだったというのを思い起こす。
僕は16歳、ドキドキしたものだが、それが今にして思えばそんな張り合いのあるもんやなかったというたわいないものではない。
今聴いても十二分な色気を含んでいる歌だ。
 作詞家、星野哲郎さんが85歳で亡くなった。歌を作る前にその歌手のことを思い、その歌のテーマを考え尽くし、取材し、
いわば「一曲入魂」で詞を作ったのだと思う。生涯4000曲作ったという星野哲郎さんは、ひとつひとつの歌作りの中で、
あだやおそろかに言葉を羅列したのではないということをつくづく感じる。
その世界でのトップを走り続けてきた彼の御冥福を改めて祈る。いい歌をありがとう。

�@「黄色いサクランボ」スリー・キャッツ
�A「三百六十五歩のマーチ」水前寺清子
�B「函館の女」北島三郎
�C「昔の名前で出ています」小林旭

【11月14日放送分】 2010.11.14
ノーランズの「ダンシング・シスター」には格別の思い出あり。
1980年の大ヒット、この歌を日本に持ち込んだのは、当時僕が司会をしていた「ヤングお〜!お〜!」が最初だった。
イギリスの美人姉妹ということで、一気にブレイクする。まばゆい気持ちで紹介したことを昨日のことのように思い出す。
オン・エアの前にイギリスに飛び、ロンドン郊外のノーランズの実家にゆき、庭でノーランズのパフォーマンスを撮り、
即ヒースロー空港まで戻って、その週の番組で流した。行って帰って1泊2日、記憶は全部飛行機の中にいたという
感覚しか残っていない。2日間、まったく眠れなかった。でも大ヒットして嬉しかった。
この歌のリクエストが来た。喜んでオン・エアー。日曜日の朝、踊りながらベッドを出るなんざ素敵じゃないですか。

�@「ダンシング・シスター」ノーランズ
�A「恋のフーガ」ザ・ピーナッツ
�B「夢みる想い」ジリオラ・ティンクエッティ
�C「ライフルと愛馬」ディーン・マーティン

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